かぐわ姫の消臭サプリ

月の世界では、人間はいやな臭いから解放されるのだろうか?蝋燭の火も球になって燃えさかってはいられないという無重力世界、宇宙飛行士の衛生的なぶあついスーツを着て暮らすぶんには、人間の体臭など悩みごとではなくなるのかしら。そんな夢想をいだけかせる「かぐわ姫」という消臭サプリのモニタを募集しているとのことだ。

発売元の株式会社フルコーポレーションは、女性のためのサプリメントを扱う企業。体臭というのは誰にでも気になるものであるが、とくに年を重ねるにしたがい、また現代のストレス過多な生活でホルモンバランスが崩れがちな女性のからだは、とてもデリケート。私自身も大幅に体調を崩したことがたたって、健康の大切さを実感している。滋養をつけるためににんにく摂取を欠かさないのだが、やはり匂いが気になる。

以前、通販で体内から薔薇の匂いが放つ消臭サプリやスプレーを利用していたが、免疫ができてしまったのだろうか、一年経つと効果が薄れてきたと感じた。

この企業の商品は、どうやら介護現場にたずさわる専門医師との共同開発をしたものらしい。興味をそそられるので、応募してみたい。


株式会社フルコーポレーション


【2008/04/30 21:52】 エディタ・モニタ私事記 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>

モニタープラザ礼讃

半月ほど前のことだが、エディタを退会してブログを閉鎖しようと思っていた。二月ぐらいから考えていたことだが、ある決定的な事実を目にしたからだった。かなり体調も悪く,嘔吐がひどい。海外で有名ブロガーが心痛で倒れるという報を目にしたが、あれに近いのかもと思った。
そんな憔悴しきった折に、エディタ運営事務局様から、モニタープラザ応援キャンペーンの記事を書きませんかとお知らせがあった。体調がどこまでよくなるか分からないが、これまでお世話になった礼もあって、一筆ふるわせていただきたく思う。

エディタのモニタープラザとは、企業の提示する案件に沿って記事を書き、その企業商品やサービスが無料プレゼントもしくは割引券などがいただける、嬉しい企画である。ほかのこうした類のブログモニタはたくさんあるだろうが、ひいき目にみても、いまのところエディタが一番いいと考えている。(といっても、他を利用したことがないので比較できないが)

その利点を以下にかかげよう。

・当選確率がかなり高い
エディタは今年の三月に一周年をむかえたSNSでモニタープラザ自体も稼働してまだ新しいせいもあるだろうが、かなり当選率はいい。私が応募したのは、まだ十件と満たないがすでに二件当選していた。

・応募の敷居が低い
エディタには、運営事務局のスタッフや、経営者のブログまでが参加している。そこでは業務内容はあまり明らかにしていないが、良心的でポジティヴな記述から好感がもてる。おどろくべきことに、経営者やスタッフ自らが、モニタ案件にすすんで応募しているという事実だ。最初、これをみたとき、どうせスタッフたちは優遇されて記事が採用されているんだろうと斜にかまえていたが、そうでもないらしかった。つまり、相手先企業は、エディタ運営者であれ一般ユーザーであれ、同等に扱っているといえる。

また記事の掲載基準についても、かなり公平かつシビアに選択眼がはたらいている。以前に映画の試写会に関する記事を応募したが、モニタープラザトップのこの案件の当選者の声のリストに、なんとその試写映画がつまらなかったというレヴューが堂々と載っていた。こんな記事を選り抜いて載せていたらエディタの顔がたたないと思うのだが、もしかしたら、顧客企業にとっては、利用者の忌憚なき意見こそ求めているのかもしれない。
ブログのどうしの交流でランキングサイトの支援ほしさに、お互い惰性で褒めあっている関係にうんざりしていた私にとって、この厳しい扱いはとても清々しいものに思えた。いっぺんにモニタープラザが好きになった瞬間だった。
また、JTBの企画応募を投稿したあと、運営事務局のスタッフ様から直接感想をいただけたのも、すこし嬉しかった。

・記事へのリンクがつき、アクセスアップが望める
応募した記事は確実に、顧客企業とエディタ運営スタッフの誰かに読んでいただける。このブログではふつうの日記と、モニタ案件記事とを配信しているが、あきらかに後者掲載日のほうがアクセス数が飛躍的に伸びる。また応募した記事は該当企業のファンページにずっと残ることになるので、なにかの拍子に今後とも多くに目に触れる機会があるかもしれない。
じっさいアクセス解析したかぎりでは、応募して落選したものでも、いまだに読まれている。

・記事のネタに新しい方向性をみいだせる
私が書き手として一番推奨したい理由がこれだ。モニタときくと、そこの企業商品やサービスをつかっての紹介記事というのを想定されることかと思う。が、実のところ、案件で多いのはわりと一般的なテーマが多い。たとえば、最近あった母の日に贈りたいもの企画(体調が悪かったので書けずじまいであったが…)などは、ふつうに時節柄ブログのテーマにできそうなものだ。むりやり、そこの企業の宣伝広告塔にブログを利用されるのがイヤという方にはぜひ、おすすめしたい。
私自身としては、これまでアニメやアートを専門としたマニアックな記事を書いてきたが、このモニタプラザに参加して、消費の動向に関心がむくようになり知見が広がった。ブログの幅がひろがり、とても感謝している。

・個人の嗜好にあった記事が選択できる
別口で参加している関連会社が運営するコラブロ事務局様の案件は、ブログの動向にあわせてスカウトメールが届く。しかし、これが失礼ながら、かならずしも自分の嗜好にあっていないと思われるものがある。
モニタープラザでは、エディタマイページに案件の一押しリストがあったり、毎日配信のお知らせメールでも告知があるので、喚起され書く意欲が湧く。また広場紹介ページの画像がひじょうにセンスいいのもここちいい。

・信頼性の高い顧客企業が参加している
懸賞応募やモニタに応募する際に、気をつけねばならないのが個人情報の扱いである。じっさいは、架空の企業で案件を出し、個人情報収集に利用されたり、プレゼント募集などはうそっぱちで、ダイレクトメールだけ送信してくるという偽案件もある。
モニタープラザ参加企業は、ソニーや小学館など、およそ有名企業である。おそらく、経営者の人脈が生きているのであろう。また、たいがい企業の住所地がしっかり掲載されているので安心できる。

そして、こうした安心企業と一般客との出会いを用意するというのが、このモニタプラザの本意ではないかと思う。私はその記事が書けそうかというのにもよるが、まずサービスがおかしいなと思われる企業案件には応募したくない。これまで当選したOisix様は、エディタで出会ったいい記事を書くブロガーさんが、テンプレにそのロゴを使用していたので、信頼していた。また、Soup Stock Tokyo様については、東京在住者ではないため知らなかったが、れっきとした店舗をもつスープ専門店である。おそらく、いずれも楽天にのさばるようなネットショップの類ではなく、社会的に活動基盤をもつ企業である。
こうした優良企業の商品サービスに触れる機会を得て、意見をおくることができることは、たいへん喜ばしいことだ。

自分の趣味や思想を好き勝手に日記帳につづり、似た者同士で交流をふかめるのもかまわないと思う。でも、おこがましくも、もし自分の書きものがなんらか社会貢献というのを果たし得るとしたら?私はそれができるのが、このモニタプラザの案件であると信じている。

ちなみに私が驚いたのがエディタ内での不満を暴露した記事が採用されたことであった。いまとなっては、見苦しいものを書いたと反省しきりであるが、あれに対し、贈られたスープのおいしかったことは、忘れられない。

ところでひとつだけ不満を述べさせていただくなら。顧客企業がおおむね、首都圏に偏っていることであろう。これは運営者の営業さんが全国的に取引するのには難しいからかもしれない。エディタトップページには、モニタ企業参加誘致のページがあるが、ぜひとも多くの全国企業、とくに顧客の伸び悩みで苦しんでいる中小企業が活路をひらくために利用していただきたく願う。
個人的には、私が学生時代お世話になったイトーヨーカー堂、セブンイレヴンの案件があると嬉しい。また、このモニタ参加の費用がどれだけかかるのかわからないが。エディタにブロガーとして参加している個人企業(悪徳アフィリエイトや情報商材などはのぞく)も、ぜひとも参加してほしいと思う。

私もとうしょは、ブログで小遣い稼ぎははしたないと思っていたクチなのだが、少ない期間で恩恵にあずかった身としては、このシステムは将来性があると見込んでいる。もちろん、これだけで生活が成り立つわけはないのだろうけれど、消費社会のなかに身をおいて関心を払うことの大切さを実感した次第である。日常生活のなかでの何気ない気づきが、経済に影響する、それはなんとすばらしいことだろう。

あのおいしい有機野菜セットとあたたかいスープをいただいてから、ずっと自分がブログでなにをできるのかを悩んできた。そして今も悩み中なのであるが。なにか、とても感情の暗さにおしつぶされそうになったとき、ここの案件記事を書くことは、私にとっては気晴らしになっているし、目的にかなっている。仲間内の記事ではなく、公共に有用なものとして、それを必要としてくれる方に読まれるものを書きたいと願う自分にとっては。


【関連ニュース】
アライドアーキテクツ、バズマーケティングモール「モニタープラザ」のサービスを開始(CNET Japan 〇八年二月八日)

モニタープラザへようこそ!

【2008/04/30 21:33】 エディタ・モニタ私事記 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>

ほんとうの温かさのために

以前書いたSoup Stock Tokyo様の応募案件が当選し、先週商品が届きました。十種類の冷凍スープが真空パックされて、箱詰めになって横に並んでいました。
モニタプラザの写真がカップ入れ状態で、てっきりよくあるお湯を注ぐ粉スープか固形スープを思い描いていた私は、驚きです。味音痴ですからうまく表現することはできないのですが、おいしかったですね。

先月半ばあたりから食欲がなかったので、こういう流動食はありがたかったです。
食生活がいかに大事かというのが分かった気がします。
ありがとうございました。


しかし、いま私が考えていることは。
安易に記事を書き、幸運なプレゼントが続いたからといってうぬぼれてはいけないことです。これは私自身の力でもらったものではないということは、肝に銘じておかなければいけない。エディタで出会った人とのコミュニケーションがなければ、この思いがけぬプレゼントは得られなかったでしょう。

じつは最近、肥大化しすぎたブログ文化をやや冷めた目線で眺めています。ブログはやめる気はありませんが。ブログを書くためだけに、ものを考えるようになって。それはそれで楽しいのだけれど、どこまでその考えは社会に通用するのかという疑念です。
人間としての温かさを忘れないためにも、自分がいまどう動くべきか、思案しています。


余談ですが。サーバーはぶじ復帰したようですね。スタッフの方々、お疲れ様でした。

【2008/04/09 06:41】 エディタ・モニタ私事記 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>

重いですね。

四月八日二十三時、エディタにログインできなくなりました。
なんどか試みて、いったんマイページにつながったのですが、別の箇所へ移ってマイページに戻ると最初の登録画面に戻ってしまいます。

現在はサーバーメンテナンス中という表示がでています。
三月にメンテナンスを行い早くなったはずですが、いろいろ問題はあるようです。

こういうとき、今日が締切の応募記事などはどういう処理をされるのかなどと気を揉んでしまいますが。
最近忙しくなったので、なかなか記事が書けませんね。

【2008/04/09 00:05】 エディタ・モニタ私事記 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>

『起業家2.0』

起業家2.0


「次世代の若者よ、九人のネット志士につづけ!
私とおなじ机をならべて授業を受けていた友人が会社を興した。いまじゃ、立派にベンチャー企業家として成功している。ナナロク世代でも、アナログ志向じゃいけないんだ。彼らは未来を見とおす視力だけは、ひとの二倍はあったんだな。二〇〇〇年代に情報産業革命をおこしたこの九人のストーリー読んでそう感じたよ。」





佐々木俊尚氏著『起業家2,0』の帯広告を募集というお題があったので応募してみました。じっさい、私の友人で大学卒業後の会社から転職しソフトバンクの系列会社に勤めたあと、独立してウェブサービスの事業をはじめた女性企業家がいます。
かなり絵が上手く画家としてもやっていけると太鼓判を押されたそうですが、彼女は自分の表現世界を追求するよりも、ネット上で人と人とをつなげる仕事を興すことをえらびました。
彼女は確かに学生時代から志が高い人でした。地元の企業を転職して上京している間も、職をうしなっているというのに、その目は理想に輝いてました。
いまAll Aboutなどでもインタヴューをうけていますが、質問者に対し的確な数字を示してアドヴァイスできるところなど、すごいなと感じます。

こうしたビジネスに参入して名をあげることがいいとは思いません。
でも、ここで紹介されている起業家たちは、周囲から異色と思われがちな能力を開花させ、ビジネスとして実を結ばせた人間です。その生き方、考え方に共感できるところは多いです。
団塊の世代以上が残した負債に苦しめられ、不安定な雇用形態に左右される。頼れるのはみずからが築いた足場とつながり社会だけだと気づいた同世代は、新しいビジネスを手がけているのですね。自分と同年代が日本経済を変えようとしている事実に、勇気をもらいました。励みになります。





起業家2.0重版祈願!あなたの考えたキャッチフレーズが店頭に並びます!

起業家2.0重版祈願!あなたの考えたキャッチフレーズが店頭に並びます!

【2008/04/06 19:56】 エディタ・モニタ私事記 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>

四月一日だから…?

昨日のことですが、ある応募記事が当選しているとのお知らせをいただきました。メインブログの記事を書いていて、確認が遅れましたけれど。

でも、あの記事でよかったんでしょうか、担当者様?
私、はじめかなり暴言吐いていたように思います…。
もしかして、エイプリフールの冗談カシラ、カシラ、ご存じかしら(そのネタはいい)と思ってみたり。

そういや、あの記事、焦って書いて投下したのですが、なかなか反映されなくて、最新反映ボタンを三回も押したら、みごとに三連投されちゃいました(汗)

…っていいますか。前から思ってましたけど。あやまって投稿したものとか消せないんですよね。エディタ上って。タイトルとか書き換えても反映されないし、そこが不自由。
よく最新記事を反映させていない方がいらっしゃるけれど、じつはいったんアップしてあとでタイトルなど変えたいので待っているという方もいそうな気がする。私もそうしたことがあるし。

個人的にああいう募集記事って、何がウケるかわかりませんね。狙って意気込んで応募しても、端にも棒にもひっかからなかったり。かと思えば今回みたいな、なかばやけくそで書き散らしたものが受かったりです。

日ごろよりいいかげんなものを書くのが許せなくて遅筆なのですが。自分の可能性を、あまり閉じ込めてしまうのも不健康かもしれないです。

桜の美しい季節なのに、ちょっと外出すると風邪をもらってきてしまうのですが、こころが温かくなった日でした。
でも、この温かさは自分ひとりで起こしたものではないことは、忘れてはいけないと思う。

私のすさんだこころに温もりの思いやりをくれたブロガー様がたに幸あれ。

【2008/04/02 22:23】 エディタ・モニタ私事記 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>

Oisixさん、地球のおいしさをありがとう!

キャベツの花



ほんとうは、早く書きたかったのですが、諸般の事情により遅れました。
「キャベツ姫」という記事で応募した、おいしいキャベツの食べ方コンテストに先日当選し、景品の野菜セットが届けられました。メインブログの二十二日付記事でも、軽くふれています。
なお、この案件は当選者五〇名とありましたので、きっと私以外にも多くの方がこの幸運にあずかったのでしょう。自分はすこし規格外な内容を調子に乗って書きましたので、まさか当たるとは思いもよりませんでした。この喜びを多くの方と分かちあえることに感謝です。

頂いたものは、ほうれん草、人参、じゃがいも、まいたけ、卵六個そして牛乳でした。このうち、本日までじゃがいもを除き、すべて食しました。

私はけっしてグルメなほうでもなく、味覚が発達している方でもありませんが。これはかなりおいしかったです。料理がへたであるので、どのように調理すべきか悩みました。そこで、できるだけ素材の味をそこなわないしかたで口にしてみることにしました。

卵は白飯のうえに割りほぐして、卵かけ御飯しにてみました。卵黄が太陽のように厚くもりあがっていて、白身にも蜜いろの輝きがありました。
にんじんは、そのままかじってみますと、かみごたえがあり、よく店でうっているものの水っぽさがありません。
牛乳はもちろん成分無調整で、粉っぽさはありません。

私がいちばん感嘆したのが、ほうれん草としめじです。
茹でておひたしにして食べたのですが、そのまえにふたつとも生でかじってみたのです。ほうれん草は茎の部分に翠の甘さがあってすばらしかった。これが茹でるとたいがいビタミンがとんで苦くなるのですが、さっと茹でたせいか、その甘さも残っていました。
びっくりしたのが、まいたけ。もともときのこ類は好きなのですが、生で食べたことなんてほとんどありません。試しに口にしてみたのですが…すごく、たとえようもないくらい、おいしいのです。とにかく、おいしい。それしか言いようがなかったうまさ。

日ごろ、けっこうレトルト食に慣れてしまっているので、食材ほんらいのおいしさが感じられました。
(コピー文ですが)手書きのあいさつ文も同封されていて、とても親しみがもてました。
メインブログの「お箸の国のチョコレート─食罪の嵐にきっと勝つために─」という記事で、日本の食糧自給率を憂える発言をしたところ、同意してくださるブロガーさんがいらっしゃり。その方いわく、消費・流通・生産の三すくみが一丸となって食育をすすめなくてはならない。そのためには、流通の大手であるスーパーマーケットが、消費者の窓口となって意見をすいあげ生産側に届けるべきだと主張されていました。
が、これにはすこし異論があります。(コンビニや生協の問題点をことごとく指摘されている部分頷くところあるにせよ、正直にいうと、スーパーの商売敵をこきおろしている感も否めませんでした。)スーパーマーケットは食品だけを扱うわけではありませんし、たとえばクレームがあっても流通工程が複雑であると買い手の声など届きにくい。私はむしろ、消費者が直接メーカーに近づくべきであると思いますし、そのために、Oisixのような産地直送で食品を届ける宅配サービスがあるのだと思います。たとえば、共働き家庭や、スーパーの営業時間に買いにいけない業種の労働者、高齢者・身体障害者がいる世帯などはやはり、こうした家に直接食材を届けるサービスはあると便利です。

おいしい野菜や米をつくるために土地づくりには何年もかかる。これは、私の祖父母が農家をしていたからわかることです。いただいた食材は、とてもていねいに人の汗と陽の恵みと土の香りを吸って育てられた逸品だと、私のつたない舌がこたえていました。ひと口味わうごとに、こんなおいしいものが口にできる大地に生まれてよかったのだと、そう感じました。

もし、この野菜セットをいただなければ、いま日本の深刻な食問題に頭を悩ますこともなく、のんびり趣味のことなど考えて過ごしていたのかもしれません。私がいただいた贈り物は、とてもおおきなものでした。それはただ一回のみ味わうだけに終わらず、食生活をみなおすきっかけを与えてくださったのです。
とても感謝しています。

(このお礼記事をアップするために拙所をチェックされていたエディタ事務局様、掲載が遅れて申し訳ございません)


【2008/03/30 06:09】 エディタ・モニタ私事記 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>

あたたかいコミュニティ─スープの冷めない距離にあるこころの交流─


蝶のスープ


最近、読んでいたアートニュースサイト経由の記事で、こんな一文を目にした。人間は自分で稼ぐよりも、他人のためにお金をつかうことに喜びを感じると。私にはお金がない。だからもしひとに与えられるとしたら言葉だ。「貧しいので、あなたにあげられるのはせいっぱいの愛情だけです」という、樋口一葉の言葉が私は好きで、ブログ活動においてもそうしてきたつもりだった。

が、しかし。多くのひとに気づかいの言葉を寄せるには、私の時間はすくなすぎた。私が参加していたコミュニティでは、こちらが何十分もかけてていねいな文章を残しても読みもしない人もいた。ランキング支援してくださいと、図々しく伝えてくる人もいた。こうした方はたいがい人当りがいいので、ついつい応じてしまうが、おおくの読者のうちのひとりにしか扱われていないことに、しだいと不満がつのった。都合のいいときだけ質問などしてくるひと、自慢話を聞かせたがるひと。しかし、こちらの話にはいっかな耳を貸そうとしない。
見返りをもとめる自分もどうかしていたが、かなり飽き飽きしていた。そして、いちばん仲が良かった方ともけんかした。コミュニティのなかで意味のない権謀術数がくりひろげられている。これではまるで、現実社会となんら変わらぬではないかと思った。もちろん、ブログの書き手は生身の人間なので、あたりまえなのだけれども。

こうして、私はよそにでかけて言葉を残してくるのが馬鹿らしくなった。じっさい、会社で同僚に嫌がらせしたある方から,無意味なコメントをおくられ、ブログ上では答えたが,相手先に向かわなかったら嫌味たらしく催促されたりもした。

もう、あのコミュニティは退会しよう。そう決意していたとき、あるブロガーさんが私のささやかな変化を察して、コンタクトをとってくださった。ふだん表立って交流していない方だったが、前職に共通点があって私は好感をいだいていた方だった。その方もコミュニティ内のふとどきな要求のおおい連中にうんざりしていたと明かしてくれた。
その方は私に諭してくれた。「あれこれと人間関係にはとらわれずコミュニティを楽しんでください」と。
おなじころ、いつも美しい海の画像をみせてくれるあるブログさんの記事に、桜の画像があって、その花言葉「心の平安」を添えていた。その方も私のブログを観察してなんとなく、私の荒れた心理状態を察していらっしゃったように思えた。コミュニティ内ではいえぬ自分の本心をつたえると大いに同意してくださった。

私がこのお二方に好感がもてるのは、じつはすごい体験の持ち主であったり知己を得ていると思われながら、それをちっとも鼻にかけないところだった。そのお二方の見えない声援を得て、私は自分の書くべき道、そしてブログをふたたび楽しむ方向を見出せた。とても感謝している。

スープの冷めない距離という言葉があるが、私が理想とするのがつかず離れずでいららえるあたたかい関係だ。これは都合のいいときだけ助け合うというのではない。相手の状況をみて料理をだす給仕のようなサービスで、お金のともなわない気くばりだ。スープというのは夏場はいらないのだ。真冬の外で仕事をするときに、無言でさしだされた一本のホットな缶ジュースにこころ癒されるように。

インターネットの普及によって、人間のつながりはますます薄くなったといわれるが、それは多くの人との出会いが増えたたためだ。まごころのスープをさしだせる相手には限りがある。相手がもとめても温情をあたえれなかったことで、恨まれてしまうかもしれない。猫舌な相手に火傷をさせてしまうような痛い言葉をなげつけてしまうかもしれない。

おそらく、このテーマを設定した企業様は、もっと実生活に属した体験をお聞きしたかったのだと思う。じつは、そういう体験は人生上たくさんある。それを語りたくないのは、あまり自分の実存をさらしたくなからであり。かつ、これがネットを通じての話で、あのコミュニティ経由であることを意識してだ。コミュニティでの自分の悪感情をさらすことにはいささかためらわれたが、あえてそれを記したのは、コミュニティの意識改善をうったえたいがためだ。
ネットというのは視覚、聴覚にはうったえるが、触覚はないせかいだ。だから、文面から相手のこころの温度を読みとる能力がたかく要求される。このお二方は、それがすぐれていたということだろう。私が静かになにかに冷めつつあり、かつなにかに怒りの炎を燃やしつつあるかをよく心得てていらっしゃったのだ。スープは温めるものでもあり、冷やすものでもあるのだ。なぜなら、それは液体でいかようにも形をかえて他人のうちがわに溶け込んでくれるものだから。消化されてしまうあたたかさ、誰かのなかで確実にエネルギーになるもの。それを贈ることがだいじなのだ。

あのコミュニティにはアフィリエイト目的で強引な勧誘をしている方はたしかにいる。が、しかし。一部に良心的に商品を紹介したり、現実の経済活動におおきく寄与していたり、人生におおきな目標をもうけて毎日まいにち自己鍛錬を欠かさない方々もいる。そして、じつはアフィリエイトとは銘打っているがひじょうに真摯に研究して、己のためでなく皆の利益のために情報公開している方もいる。
私はこうした方々とのおつきあいをとても大切に思っている。そして、記事を書くことで企業様やコミュニティ運営者がわから感想をいただけたりしたことがとても励みになっている。

私が出会ったお二方は、まったく自分の趣味とは分野がことなる方なのだが。互いの共通点をみとめて共感しあうのではなく、じつは、異質なものをそれと認め、無理に理解しようとしないというのが、文化相対主義の考え。私はしばしばこの精神を忘れてしまうが、コミュニティもおのがじしが表現をもつ文化集団である。

私はいまかなりコミュニティへの参加を楽しんでいる、一時はひらくのも嫌だった場所だったが、いまはかつてのように、あちこちに顔出ししている。そして、その交流をすることはコミュニティ運営者の望みなのだろうと思う。
今後もこの稀なるバズマーケティングモールと、そこに参加する企業、そして参加者の幸運をいのろう。彼らがおたがいにスープを贈りあうようなあたたかい関係でいることを、私は切に願う。いくつか、その恩恵を受けてきたひとりとして。
そしてお二方からいただいた、あたたかさを誰かに贈れる人になろうと、願う。


【参照記事】
"Give away your money and be happy" (NewScientist.com news service, 20 March 2008)

スープストックトーキョー

【2008/03/23 23:00】 エディタ・モニタ私事記 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>

美の装いびと─和を着るミュージアム─

ラ・ジャポネーズ


学生時代に論文の副査をしてくださった教官のご紹介で、美術館で短期間の監視員のアルバイトをしたことがあります。その施設は二階が与謝野晶子の文芸館、三階はアルファンス・ミュシャのコレクションを集めて展観させていました。私が担当したのは一階のギャラリーで、そこは二階、三階の特別展示とはことなって、こぢんまりとした催しをしていました。
私が参加した企画は、たしか大阪出身の現代版画家展で、山本容子さんの作品などが展示されていて。監視員の特権で、勤務時間終了後に期間中の展示を無料で見せていただけました。

このアルバイトの際、かなり迷ったのが毎回の服装。
公立の美術館の監視員や受付嬢は、たいがい制服を着ています。これはおそらく正式に派遣会社など通じて採用されたか、ボランティアの方だと思います。しかし、こちとら臨時の雇われ大学生。私服でいいと言われたものの、あまりにも華美で個性的なものですと、作品の横で座っていても目立ってしまいます。かといって、スーツのようなフォーマルなものでなくともよろしい。けっきょく、普段着であるけれど、多少動きやすく、しかしかつ地味にみえるものを選びました。あくまで、展示作品の印象を壊さないように。

この体験から思いついたのですが。
たとえば、よく企業などが地方で参加するお祭りイヴェントには、社員が法被を羽織ったり、女性が浴衣を着ていたりします。これとおなじで、美術館・博物館展示、とりわけ日本の文化を紹介する企画展ならば、その職員が着物を着てお出迎えするなんて、いいかもしれません。

たとえば、仏教や神道美術の紹介ならば、袈裟や巫女装束を着ておもてなししてみる。
染色作家の作品ならば、その作家の描いた文様の着物をきてみる。着物は博物館の展示では、たいてい熊の毛皮をひろげたように、衣桁(いこう)に掛けて見せています。しかし、平面的な見せ方では、服飾品のほんとうの美しさはわからないものなのです。じっさい、体のラインにあわせて、前身ごろを合わせ、裾のひろがりを閉じて、帯と調和してこそ、着物の柄の価値がわかるのです。着物は着方をまちがうと、おそろしく文様がくずれて醜くみえてしまうもの。しかし、逆にこつを押さえれば、とても美しく日本女性をみせてくれるものなのです。
かの谷崎潤一郎は『陰影礼讃』のなかで、日本女性の美は和服にあると述べています。その当時、家内をあずかる女性たちはいつも家屋の奥ふかくで暮らしていた。家にこもる闇のなかで、さらに肉体のほとんどを衣裳で覆われた彼女たち。その袖先から覗く白魚のような手や、襟からすっと伸びたうなじに、底知れぬほんのりと上品な色気を感じたというのです。
この和服の柄には、近現代絵画などの斬新なデザインをもちこんでみるのも一興。よくミュージアムショップに印象派や、ピエト・モンドリアンなどの絵画をプリントしたTシャツやタペストリーが売られていますが、もしこれが和服になったらどうでしょう。そして、それを着ている女性が、展示室にいたら?想像してみるだに、おもしろいですね。衣裳というのはじっさい着用しているモデルさんに憧れて、買ったりするものです。
親戚に呉服問屋がいて、ほんらいそこの跡継ぎであったのに、商売を厭って京都で長い修行を積み、いまやっと日展で活躍されるようになった染色作家がいます。その方は基本的にいま売れ筋のような絵柄よりも、自分の個性的な表現を追求されています。ですから、その作品のほとんどは着物ではなく、屏風仕立てにしたり、ちいさな木枠にはめて売られています。さいきんは、成人式や結婚式など冠婚葬祭をのぞいては、日常で着物を着る機会はとんとなくなりました。私の実家のすぐ側にあった呉服屋さんも、一昨年廃業されてしまいました。少子化で若者が着物に親しむ機会が減ってしまったためでしょう。嘆かわしいことです。

美術館の所蔵作品は死後五十年は経過したオールドマスターの作品ならば、版権を気にせず複製できます。もし、こうした国内外の有名作品を図案とした着物を売り出せば、いま経営の傾きつつある着物業界関係者をすくうことになります。そして、そのぶんの利益を、現代の染色作家など伝統を担う若手の育成に回せば、和服業界はふたたび活気づくのではないでしょうか。

着物を着るというのは、大和魂を着るということです。たとえば、武道などをたしなむ場合,それは必然と和の衣裳を身にまとうことになります。そして、その白い道着や紺の袴に身を縛られることによって、なにがしか精神のおちつきがもたらされるのです。日本の武道にせよ、華道、茶道にせよ、伝統文化には着物は欠かせない装いです。着物を着ることは、日本人が民族性を誇り、自国の文化を高揚する一助となるのです。そしてもし、われわれが、同時代のすぐれた染色作家たち、あるいは歴代の名画の作品を着ることがかなったら、それはすばらしいことだと感じます。また、着物は洋服と違って、裁断が平面的であるので、生地を無駄にする部分がきわめてすくなく、きわめてエコロジカルな衣裳といえましょう。
もしかしたら、すでにしてこういうプロジェクトがあるのかもしれませんが。美術館・博物館は文化の研究保存だけにつとめるだけでなく、もっとビジネスにつながる事業を,積極的に推進していっていいと私は考えています。
美しく着物を着て、美しい文化を贈りとどけたい。着ているものはモノではなく、こころです。それが私の願う最高の贈りごとなのです。



【画像出典】
クロード・モネ作『ラ・ジャポネーズ』(c. 1875)の加工画像を、名画デスクトップ壁紙美術館さまより、お借りしました。


贈りごと「Let's KIMONO(着物)コンテスト」

贈りごと「Let's KIMONO(着物)コンテスト」

【2008/03/21 07:43】 エディタ・モニタ私事記 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>

見える!読める!聞こえる!着てみる!多文化練り歩きブログパーツ

ビッグベン



私の大学の先輩で、語学教室を運営しながら留学・ワーキングホリデーのカウンセラーをされている女性がいる。彼女と出会ったのは、まったくの偶然だった。学生時代、英語で論文を書いたが、雑誌に掲載する段になってネイティヴチェックが必要だったものの、近くにこれといった知り合いがいなかったのだ。ネットの翻訳サービスなどを利用すると、一文字いくらといっけん単価は安く見えるが、何千字と換算すればべらぼうに高い。しかもそれを請け負っているのは、日本人だから無理だ。なるべく、英語を母国語とする人と直接対話しながら指導してもらうのが理想。
そこで、以前に一箇月ほどお友達としてお付き合いしたオースタラリア人男性(なぜ短期で終わったかは、ひとえに私のコミュニケーション能力不足による(苦笑))と知り合えた施設を思い出した。天王寺区にある国際交流センター。そこの職員にかけあってみたものの、そういう仕事をうけおってくれる人材は紹介できないとのことだった。

私は落胆して帰途についた。論文入稿までは一箇月もない。いまから、ペンフレンド募集板で募集をかけても間に合うかわからない。困り果てた私は、ふとそのセンターから持ち帰ったビラに目をとめた。それが、先輩のK女史の経営する教室の広告であった。私はわらをもすがる想いで電話をし、そこで週に一度ひらかれる教室の講師をしているオーストリア人男性を紹介していただけたのだった。

その男性は、私の専門分野とする芸術の見識をそなえていらっしゃらなかった。ゆえに原稿にちりばめた専門用語などの理解に苦しまれ、私もそれを英語で説明するのに難渋したものの、基本的な冠詞などのつかい方以外はほぼ訂正はなく、あらかた美文だとの褒め言葉もいただけた。日本人が外国語で書くとどうしても、表現力は現地の中学生レヴェルになってしまうので、やはりネイティヴに監査してもらうのは大事なのである。その論文はぶじに刊行され、私の学生時代最後をかざる集大成的な作品となった。
その論文の添削がおわってからも、友好をあたためるために、私はその豪州人講師がひらく英会話教室にその後数回は通った。女性オーナーは気さくな方で、教室のない日にも訪問を歓迎してくれ、働きはじめで不慣れだった仕事の悩みにも応じてくれた。

その方が提案している語学留学プランというのは、ふつうの旅行代理店がもってくるお仕着せなものではなく、とても斬新なものだった。たとえば、短期留学で当地の語学学校に入学するにしても、自分で期間を自由に設定できる。またホームステイ先の条件もこちらの要望をていねいに洗い出して、最適な家庭を勧めてくれる。彼女は言う。旅をしたい人は、日本の社会をエスケープしたいという思いが募っている。そういった不満は、ありきたりのツアーなどでは解消されやしないし、逆に意に染まぬパッケージ旅行で疲れてしまうことさえありうる。まず、その人が何を悩んでいるのか、そして海外に何を望むのか聞き出すことが、先決だと。

私が訪れたある日、先客があった。二十代後半の某有名企業のエリートサラリーマンで、残業ざんまいな生活につかれ、一時の気分転換に旅行をしたいと相談してきたのだった。彼女はその顔のやつれた男性の声に真摯に耳をかたむけ、明確で最善のプランを示していた。その彼はリフレッシュして帰国後、とても満足していたと語ったという。
じつは、私も興味本位で、彼女に相談をもちかけたことがある。研究テーマにした英国現代美術の作品は日本国内にあるのを参照したが、機会があれば、ぜひとも緑の沃野やストーンサークルや、大英博物館を訪問し、イングランドの風土につつまれた鑑賞体験をと所望していた。しかし、とうじ働きはじめたばかりで貯金もなく、計画倒れに終わってしまった。

それから、ずっと海外は憧れて,死ぬまでに西欧の地、とくにイングランドの土を踏んでみたいとは思うけれど、かなわぬ夢におわってきた。だから、ときおりガイドブックやネットでかの国の情報を眺めたり、海外のアートニュースサイトで美術情報をキャッチするのみにとどめている。

さて、前置きが長くなったが、本題にはいろう。
さいきん、ブログパーツが流行っているが、もし地球の歩き方ご提供のパーツがあるのなら、各国アートの歩き方というのが欲しい、正確にいえば、各国の現在開かれている美術館・画廊での展示情報が流れてくるもの。もしくは、各地の文化遺産の映像がおくられてくるもの。もしくは演劇やコンサート、アートフェアの日程など。
よく、辞書機能検索のブログパーツを見かけるが、翻訳機能がついたパーツがあったらうれしい。これは、ブログの記事で英文サイトを翻訳したりするときに便利だ。もしかしたらすでにあるのかもしれないけれど。
また、ブログパーツというのはひたすら視覚にうったえるだけで、音がでるものはなかったように思う。なので、たとえばドイツならオペラであるとか、べートーヴェンであるとか、東欧ならハンガリーの民謡であるとか、はたまたイギリスならビートルズであるとか、音楽が流れてくるのがいい。私はとくにイングランドの民謡でGreensleeves(メインブログの拙稿「Greensleeves ─愛しい人よ、あなたは間違っている─」をご参照あれ)が好きであるけれど、あまりポピュラーでない民族音楽が配信されるというのは、一種の音楽教育にもなっていいのではないだろうか。もちろん日本の唱歌や童謡もふくまれていいだろう。
また、名文学の一節が原語で日替り配信されてくるのも、ちょっとした勉強になる。英語のリスニングが毎日五分でもつづければ、一年後にはかなり聞き取れている状態になるのとおなじで、毎日すこしずつ名作になじめば、ちょっとした文化通になれるのかもしれない。
またよく、ブログ上の仮想人格としてのアバターを見かけるが、各国の民族衣裳を着せ替えっこできたりできるのも、おもしろいかもしれない。タータンチェックにバグパイプをもっているケルトの民族衣裳などまとってみたり、またヴァイキングのいでたちをするのも乙なもの。

以上の点を総合的にまとめると。ブログパーツから仮想のミュージアムやギャラリーへ通され、自分の分身がそこを練り歩くような感覚を体験でき、かつ作品にあわせてBGMが流れたり、音声ガイドで二カ国語の解説を聞くようなこともできる、ということだろうか。電子情報が扱えるのは、視聴覚情報にかぎられてくるのだけれども、いずれ触覚や味覚にうったえるようなインフラが登場できるのかどうか楽しみである。触感という点では、球体のスイッチを動かすと、スクリーン上もそのとおり動いたりつぶれたりするゲームを、数年前に見かけた覚えがある。おそらく、おおくのひとが求めているのはいながらにして海外体験できるという疑似感覚ではあろう。

思いつくままに、希望のブログパーツを列挙してみた。

人はいまの眼前にひろがる景色を変えたくて旅をする。どこか遠くへ、別の文化へ、新しい場所で太陽を拝み,月を崇めたくて。でも、それは逃げをつくることではない。ひとまわり大きくなって帰ってくるために、広い舞台をもとめるのだ。そしてそのスペースはもちろんネットの地政学では、とほうない距離をつかみ、だだっぴろい大地を歩むことができる。そんな楽しみ方ができる、ブログパーツが私はほしい。


「地球の歩き方」(http://www.arukikata.co.jp/)

【2008/03/12 18:41】 エディタ・モニタ私事記 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>