見える!読める!聞こえる!着てみる!多文化練り歩きブログパーツ

ビッグベン



私の大学の先輩で、語学教室を運営しながら留学・ワーキングホリデーのカウンセラーをされている女性がいる。彼女と出会ったのは、まったくの偶然だった。学生時代、英語で論文を書いたが、雑誌に掲載する段になってネイティヴチェックが必要だったものの、近くにこれといった知り合いがいなかったのだ。ネットの翻訳サービスなどを利用すると、一文字いくらといっけん単価は安く見えるが、何千字と換算すればべらぼうに高い。しかもそれを請け負っているのは、日本人だから無理だ。なるべく、英語を母国語とする人と直接対話しながら指導してもらうのが理想。
そこで、以前に一箇月ほどお友達としてお付き合いしたオースタラリア人男性(なぜ短期で終わったかは、ひとえに私のコミュニケーション能力不足による(苦笑))と知り合えた施設を思い出した。天王寺区にある国際交流センター。そこの職員にかけあってみたものの、そういう仕事をうけおってくれる人材は紹介できないとのことだった。

私は落胆して帰途についた。論文入稿までは一箇月もない。いまから、ペンフレンド募集板で募集をかけても間に合うかわからない。困り果てた私は、ふとそのセンターから持ち帰ったビラに目をとめた。それが、先輩のK女史の経営する教室の広告であった。私はわらをもすがる想いで電話をし、そこで週に一度ひらかれる教室の講師をしているオーストリア人男性を紹介していただけたのだった。

その男性は、私の専門分野とする芸術の見識をそなえていらっしゃらなかった。ゆえに原稿にちりばめた専門用語などの理解に苦しまれ、私もそれを英語で説明するのに難渋したものの、基本的な冠詞などのつかい方以外はほぼ訂正はなく、あらかた美文だとの褒め言葉もいただけた。日本人が外国語で書くとどうしても、表現力は現地の中学生レヴェルになってしまうので、やはりネイティヴに監査してもらうのは大事なのである。その論文はぶじに刊行され、私の学生時代最後をかざる集大成的な作品となった。
その論文の添削がおわってからも、友好をあたためるために、私はその豪州人講師がひらく英会話教室にその後数回は通った。女性オーナーは気さくな方で、教室のない日にも訪問を歓迎してくれ、働きはじめで不慣れだった仕事の悩みにも応じてくれた。

その方が提案している語学留学プランというのは、ふつうの旅行代理店がもってくるお仕着せなものではなく、とても斬新なものだった。たとえば、短期留学で当地の語学学校に入学するにしても、自分で期間を自由に設定できる。またホームステイ先の条件もこちらの要望をていねいに洗い出して、最適な家庭を勧めてくれる。彼女は言う。旅をしたい人は、日本の社会をエスケープしたいという思いが募っている。そういった不満は、ありきたりのツアーなどでは解消されやしないし、逆に意に染まぬパッケージ旅行で疲れてしまうことさえありうる。まず、その人が何を悩んでいるのか、そして海外に何を望むのか聞き出すことが、先決だと。

私が訪れたある日、先客があった。二十代後半の某有名企業のエリートサラリーマンで、残業ざんまいな生活につかれ、一時の気分転換に旅行をしたいと相談してきたのだった。彼女はその顔のやつれた男性の声に真摯に耳をかたむけ、明確で最善のプランを示していた。その彼はリフレッシュして帰国後、とても満足していたと語ったという。
じつは、私も興味本位で、彼女に相談をもちかけたことがある。研究テーマにした英国現代美術の作品は日本国内にあるのを参照したが、機会があれば、ぜひとも緑の沃野やストーンサークルや、大英博物館を訪問し、イングランドの風土につつまれた鑑賞体験をと所望していた。しかし、とうじ働きはじめたばかりで貯金もなく、計画倒れに終わってしまった。

それから、ずっと海外は憧れて,死ぬまでに西欧の地、とくにイングランドの土を踏んでみたいとは思うけれど、かなわぬ夢におわってきた。だから、ときおりガイドブックやネットでかの国の情報を眺めたり、海外のアートニュースサイトで美術情報をキャッチするのみにとどめている。

さて、前置きが長くなったが、本題にはいろう。
さいきん、ブログパーツが流行っているが、もし地球の歩き方ご提供のパーツがあるのなら、各国アートの歩き方というのが欲しい、正確にいえば、各国の現在開かれている美術館・画廊での展示情報が流れてくるもの。もしくは、各地の文化遺産の映像がおくられてくるもの。もしくは演劇やコンサート、アートフェアの日程など。
よく、辞書機能検索のブログパーツを見かけるが、翻訳機能がついたパーツがあったらうれしい。これは、ブログの記事で英文サイトを翻訳したりするときに便利だ。もしかしたらすでにあるのかもしれないけれど。
また、ブログパーツというのはひたすら視覚にうったえるだけで、音がでるものはなかったように思う。なので、たとえばドイツならオペラであるとか、べートーヴェンであるとか、東欧ならハンガリーの民謡であるとか、はたまたイギリスならビートルズであるとか、音楽が流れてくるのがいい。私はとくにイングランドの民謡でGreensleeves(メインブログの拙稿「Greensleeves ─愛しい人よ、あなたは間違っている─」をご参照あれ)が好きであるけれど、あまりポピュラーでない民族音楽が配信されるというのは、一種の音楽教育にもなっていいのではないだろうか。もちろん日本の唱歌や童謡もふくまれていいだろう。
また、名文学の一節が原語で日替り配信されてくるのも、ちょっとした勉強になる。英語のリスニングが毎日五分でもつづければ、一年後にはかなり聞き取れている状態になるのとおなじで、毎日すこしずつ名作になじめば、ちょっとした文化通になれるのかもしれない。
またよく、ブログ上の仮想人格としてのアバターを見かけるが、各国の民族衣裳を着せ替えっこできたりできるのも、おもしろいかもしれない。タータンチェックにバグパイプをもっているケルトの民族衣裳などまとってみたり、またヴァイキングのいでたちをするのも乙なもの。

以上の点を総合的にまとめると。ブログパーツから仮想のミュージアムやギャラリーへ通され、自分の分身がそこを練り歩くような感覚を体験でき、かつ作品にあわせてBGMが流れたり、音声ガイドで二カ国語の解説を聞くようなこともできる、ということだろうか。電子情報が扱えるのは、視聴覚情報にかぎられてくるのだけれども、いずれ触覚や味覚にうったえるようなインフラが登場できるのかどうか楽しみである。触感という点では、球体のスイッチを動かすと、スクリーン上もそのとおり動いたりつぶれたりするゲームを、数年前に見かけた覚えがある。おそらく、おおくのひとが求めているのはいながらにして海外体験できるという疑似感覚ではあろう。

思いつくままに、希望のブログパーツを列挙してみた。

人はいまの眼前にひろがる景色を変えたくて旅をする。どこか遠くへ、別の文化へ、新しい場所で太陽を拝み,月を崇めたくて。でも、それは逃げをつくることではない。ひとまわり大きくなって帰ってくるために、広い舞台をもとめるのだ。そしてそのスペースはもちろんネットの地政学では、とほうない距離をつかみ、だだっぴろい大地を歩むことができる。そんな楽しみ方ができる、ブログパーツが私はほしい。


「地球の歩き方」(http://www.arukikata.co.jp/)

【2008/03/12 18:41】 エディタ・モニタ私事記 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>

gooメール溜まる

gooブログはgooメールと連動していて便利ではある。が、最近エディタに加入してからは、コメント受信をメール通知にしているから、かなり容量がきつくなってきた。現在八〇パーセント。記事執筆に追われていると、メールの削除もままならないから放置しているとたいへんなことになる。
gooメールはもともと容量が浅いといわれているけれど。このDTIブログのほうは別アドレスで取得したはずだから、いいとして。

関係ないけれど、昨日になってgooがうそこメーカーと連動して、脳内ブログメーカーを編集画面に表示させていた。gooは規約も変更されて、アフィリエイトも利用しやすくなったようだ。これからどんどん広告も増えてくるのかも。
にしてもどうせなら、非アドヴァンスブログの対応ブログパーツのレパートリーを増やしてほしいものです。最近になって、ニコニコ動画もやっと貼りつけられるようになったようだけど。ま、たぶん貼る予定はないですけれどね。あのコメントが映像にまぎれこむ動画サイトは、見た目よろしくないので。

【2008/03/12 05:40】 ブログ | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>

ウィンドウ重層

調べものの多い記事を書きおえると、ウィンドウがおそろしく開かれていてびっくりすることがある。
昨夜、サンキューアートに関する記事をアップしたが、気がつけば、二〇以上も重なっていた。リンク先を辿っていくと、どんどん別ウィンドウが開かれていくしくみ。しかも、PCモニタ上ではデスクトップにアイコンを並べ立ててそれらを調べるのにじゃまになるため、ネットのウィンドウは下げてある。だからいったん開いて、開きっぱなしに気づかずに、再度グーグルなどで探り当てることになると、おなじものを開いてしまうのである。
これを防ぐためには、なんとなくネットサーフィンして使えそうだと思ったサイトはブックマークにいれておくのが賢明…なのだが、最近はそれもおっくうになってきた。お気に入りにいれたものが整理しにくくなっているからだ。
ニュースサイトを巡ってつかえそうな記事は、専用のファイルにURLと記事タイトルをコピーしてストックしているが、遅筆ゆえ、こればかり溜まっていっこうに記事にできないものが多い。

よくブログの記事であちこちの動画やサイトのURLばかり集めてあるのも、それを人に示したいというよりは、情報庫がわりなのだろうとは思う。

ブックマークにして用済みなものはどんどん削除すればよいが、その時間もないので溜まっていってしまう。いまリンクしている先でも、リンク切れおこしているのもあるだろう。

こうした何層にもなったウィンドウは閉じるのめんどくさくなって、いったんブラウザを閉じることにしている。が、これもうっかりやると、また一から情報源を検索しなおしとなる。こういう不手際で時間を無駄にしていることが多い。

お気に入りのサイトもそうだが、PCのなかの画像やアイコン、フォルダも整理しなきゃね。正直、部屋の片付けよりもたいへんです。

【2008/03/12 05:29】 私事記 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>

エディタのアクセス数

昨日のことですが、メインブログのエディタ内のアクセス数がとうとう一桁になりました。一時は毎日コミュニティ内でさかんにコメ交流し、掲示板も更新していたので、三桁台でしたが。
しかし、ブログじたいのアクセス数は、さほど変わってはいませんでした。もちろん、二週間ほどに記録した驚異的な数字はもはや見るべくもないのですが。それでも、私にとってはじゅうぶんな数字です。

この結果が示していることは、むだにあちこちのブログさんに訪問するよりも、しっかり自所の記事執筆に時間をかけて良いものを書いたほうが、のちのち読まれるだろうということです。

今日も二週間ほど前に書いた記事へのコメントをいただきました。毎日更新したほうがアクセス率はたしかにあがりますけれど、かといって毎回いいものを書けるとはかぎりません。下手にむだなものを大量生産しつづけていると、質を疑われて寄り付かれないことが、ままあります。

エディタで知り合ったブロガーさん、もしかしたら拙所をエディタ経由でなく直接覗いてくださっているのかもしれません。私は逆にそのほうがありがたいですね。あのアイコンが足跡で残るのが、最近いやになってきましたし。
エディタ運営者にとりましてはコミュニティ内のPV数を下げるようなマネはやめてほしいのでしょうけれど。

そういえば、エディタの運営会社の社長様のブログでは、グーグル検索数よりもエディタ表示数が上回っているとおっしゃられていましたけれど。まあ、モニタプラザの企業様にしてもエディタ内のPV数があがってくれないと困りますしね。

私はさいきん、メインブログでエディタ内訪問に消極的である姿勢を示してしまいましたので、エディタ内訪問者も減りつづけています。あたりまえですけれど。でも、エディタ外でであった先からのリンクのほうが多いし、その方々とのおつきあいを優先したいです。だって、エディタで出会う人ってコメントや訪問、ポチ応援の強要したり、コミュニティで馴れ合ったりする方ばかりなんですもの。
でも、もう無駄なおつきあいに気をとられずに、記事書いていきたいものです。さもないと、ほんとうにブログ閉じなければいけなくなります…。

一昨日、ひさしぶりにメインブログでレヴューしているアニメ経由でのコメントいただきましたけれど、こういう方のほうが待ち遠しいですね。もちろん、「一般」の方々がお越しいただけたのは嬉しかったけれど。やはり、うちってクイアなんだなぁとあらためて認識。

【2008/03/12 00:04】 エディタ・モニタ私事記 | TRACKBACK(0) | COMMENT(0) top>>