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学生時代に論文の副査をしてくださった教官のご紹介で、美術館で短期間の監視員のアルバイトをしたことがあります。その施設は二階が与謝野晶子の文芸館、三階はアルファンス・ミュシャのコレクションを集めて展観させていました。私が担当したのは一階のギャラリーで、そこは二階、三階の特別展示とはことなって、こぢんまりとした催しをしていました。
私が参加した企画は、たしか大阪出身の現代版画家展で、山本容子さんの作品などが展示されていて。監視員の特権で、勤務時間終了後に期間中の展示を無料で見せていただけました。
このアルバイトの際、かなり迷ったのが毎回の服装。
公立の美術館の監視員や受付嬢は、たいがい制服を着ています。これはおそらく正式に派遣会社など通じて採用されたか、ボランティアの方だと思います。しかし、こちとら臨時の雇われ大学生。私服でいいと言われたものの、あまりにも華美で個性的なものですと、作品の横で座っていても目立ってしまいます。かといって、スーツのようなフォーマルなものでなくともよろしい。けっきょく、普段着であるけれど、多少動きやすく、しかしかつ地味にみえるものを選びました。あくまで、展示作品の印象を壊さないように。
この体験から思いついたのですが。
たとえば、よく企業などが地方で参加するお祭りイヴェントには、社員が法被を羽織ったり、女性が浴衣を着ていたりします。これとおなじで、美術館・博物館展示、とりわけ日本の文化を紹介する企画展ならば、その職員が着物を着てお出迎えするなんて、いいかもしれません。
たとえば、仏教や神道美術の紹介ならば、袈裟や巫女装束を着ておもてなししてみる。
染色作家の作品ならば、その作家の描いた文様の着物をきてみる。着物は博物館の展示では、たいてい熊の毛皮をひろげたように、衣桁(いこう)に掛けて見せています。しかし、平面的な見せ方では、服飾品のほんとうの美しさはわからないものなのです。じっさい、体のラインにあわせて、前身ごろを合わせ、裾のひろがりを閉じて、帯と調和してこそ、着物の柄の価値がわかるのです。着物は着方をまちがうと、おそろしく文様がくずれて醜くみえてしまうもの。しかし、逆にこつを押さえれば、とても美しく日本女性をみせてくれるものなのです。
かの谷崎潤一郎は『陰影礼讃』のなかで、日本女性の美は和服にあると述べています。その当時、家内をあずかる女性たちはいつも家屋の奥ふかくで暮らしていた。家にこもる闇のなかで、さらに肉体のほとんどを衣裳で覆われた彼女たち。その袖先から覗く白魚のような手や、襟からすっと伸びたうなじに、底知れぬほんのりと上品な色気を感じたというのです。
この和服の柄には、近現代絵画などの斬新なデザインをもちこんでみるのも一興。よくミュージアムショップに印象派や、ピエト・モンドリアンなどの絵画をプリントしたTシャツやタペストリーが売られていますが、もしこれが和服になったらどうでしょう。そして、それを着ている女性が、展示室にいたら?想像してみるだに、おもしろいですね。衣裳というのはじっさい着用しているモデルさんに憧れて、買ったりするものです。
親戚に呉服問屋がいて、ほんらいそこの跡継ぎであったのに、商売を厭って京都で長い修行を積み、いまやっと日展で活躍されるようになった染色作家がいます。その方は基本的にいま売れ筋のような絵柄よりも、自分の個性的な表現を追求されています。ですから、その作品のほとんどは着物ではなく、屏風仕立てにしたり、ちいさな木枠にはめて売られています。さいきんは、成人式や結婚式など冠婚葬祭をのぞいては、日常で着物を着る機会はとんとなくなりました。私の実家のすぐ側にあった呉服屋さんも、一昨年廃業されてしまいました。少子化で若者が着物に親しむ機会が減ってしまったためでしょう。嘆かわしいことです。
美術館の所蔵作品は死後五十年は経過したオールドマスターの作品ならば、版権を気にせず複製できます。もし、こうした国内外の有名作品を図案とした着物を売り出せば、いま経営の傾きつつある着物業界関係者をすくうことになります。そして、そのぶんの利益を、現代の染色作家など伝統を担う若手の育成に回せば、和服業界はふたたび活気づくのではないでしょうか。
着物を着るというのは、大和魂を着るということです。たとえば、武道などをたしなむ場合,それは必然と和の衣裳を身にまとうことになります。そして、その白い道着や紺の袴に身を縛られることによって、なにがしか精神のおちつきがもたらされるのです。日本の武道にせよ、華道、茶道にせよ、伝統文化には着物は欠かせない装いです。着物を着ることは、日本人が民族性を誇り、自国の文化を高揚する一助となるのです。そしてもし、われわれが、同時代のすぐれた染色作家たち、あるいは歴代の名画の作品を着ることがかなったら、それはすばらしいことだと感じます。また、着物は洋服と違って、裁断が平面的であるので、生地を無駄にする部分がきわめてすくなく、きわめてエコロジカルな衣裳といえましょう。
もしかしたら、すでにしてこういうプロジェクトがあるのかもしれませんが。美術館・博物館は文化の研究保存だけにつとめるだけでなく、もっとビジネスにつながる事業を,積極的に推進していっていいと私は考えています。
美しく着物を着て、美しい文化を贈りとどけたい。着ているものはモノではなく、こころです。それが私の願う最高の贈りごとなのです。
【画像出典】
クロード・モネ作『ラ・ジャポネーズ』(c. 1875)の加工画像を、名画デスクトップ壁紙美術館さまより、お借りしました。

贈りごと「Let's KIMONO(着物)コンテスト」
【2008/03/21 07:43】 エディタ・モニタ私事記 |
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